🌸仏像/工芸品

香薬師如来立像(飛鳥時代 旧国宝)

高さ75cmの小さな金銅仏。白鳳彫刻の代表作として名高い仏像でしたが、昭和18年に3度目の盗難にあい、現在も行方はわかりません。幸い実物をかたどっていたため、レプリカを安置していますが、笑みを含んだ少年のような表情や衣の表現などに白鳳時代(飛鳥時代後期)の造形的特徴をご覧いただけます。

 

現在は香薬師如来像の右手だけが戻り、大切に右手は保管されています。

その顛末は、書籍「香薬師像の右手」にあります。

地蔵菩薩立像(鎌倉時代 木造)

近隣の地蔵堂から新薬師寺に移されてきた地蔵尊。平家残党の平景清の伝承にちなんで景清地蔵とも言われています。

地蔵菩薩立像裸形像(鎌倉時代 木造)

近年、景清地蔵尊の体内から発見された裸形の地蔵尊。安産や健康など霊験あらたかなお地蔵さんで、おたま地蔵として信仰を集めています。

地蔵菩薩立像(鎌倉時代)

光背の上部に六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)の姿が刻まれ、脇侍には冥界を司る十王を配しています。

石塔(奈良時代)

東大寺二月堂の修二会(お水取り)を始めた実忠(じっちゅう)和尚の歯の塔だと言われています。

法華経八巻

近年、本尊薬師如来像体内から発見されました。「ヲコト点(送り仮名)」が付された珍しい経典です。

石灯籠(室町時代)

本堂の正面にあります。

会津八一の歌碑

奈良を愛した会津八一(秋艸道人)の歌碑(第一号)があります(本堂西)「ちかづきて あふぎみれど みほとけの すそなはすとも あらぬさびしさ」

釣鐘(天平時代 重要文化財)

元は元興寺の釣鐘だったと伝えられています。天平時代のこと、元興寺の釣鐘堂にたびたび鬼が出て、町民を苦しめていました。元興寺の僧侶・道場法師は、鬼を退治しようと釣鐘堂で待ち構えることにしました。道場法師は歩くだけで地面が3寸下がると言われたほどの怪力の持ち主だったそうです。待ち伏せされた鬼は「これはかなわない相手だ」とわかり、東の方に逃げました。道場法師は追いかけたのですが、四つ辻の所で鬼を見失いました。以来、鬼を見失った不審な辻を「不振が辻町」と言う町名で、鬼が逃げて隠れた場所が「鬼隠山」と言う名で残っています。新薬師寺の釣鐘に多くの傷跡があるのは、伝説の鬼の爪痕だと言われています。